多子出産、表彰するよりカネをやれ

11月22日
表彰を有り難がる人種と、「表彰?何それ美味しいの?(表彰よりカネを呉れ!)」という人種がいる。政治家や経団連界隈には前者の人種が多いが、日本人の大半、特に女性は後者が多いと思われ / “自民の山東氏「4人以上産んだ女性、厚労省で…” http://htn.to/LhvQCS

実際、4人以上出産したら表彰の制度がスタートしたとして、果たして「表彰されたい」と表彰受け取りを希望するママがどれだけ出現するのか疑問。ママは兎に角多忙で、表彰受け取りの時間的余裕は皆無/ハッキリ言えば「有り難迷惑」なのでは?

自分は「4人子供産んだら1億円支給」という制度なら大賛成だが、そういう意見もフェミ界隈では非難されてしまうのか?

政治家や経団連界隈にいると「日本人の99%は表彰を有り難がる」と思ってるんだろうな/ツイートにもあるが、「表彰式に出席することすら、時間のムダ」なんだよ、4人の子持ちにとっては

表彰を有り難がるのは、「カネが満たされ、あとは名誉だけ」という老い先短い老人。老い先がまだまだ長い若い人は、カネがあっても名誉はあまり求めない/4人出産したママも、メンタリテイは老人じゃなくて若者のそれでは?

多子表彰制度に反対してるツイートには2通りあって、1つは「そもそも、産めよ殖やせよ政策は採るべきでない」派と、もう1つは「産めよ殖やせよ政策を採るべきだが、表彰じゃなくて現金で」派。自分は後者/前者のクラスタが、現金支給をどう思ってるか、気になる

そもそも、本人の了解得ずに勝手に表彰されてしまうのは、プライパシーの侵害になるのでは?との意見も/高額納税者番付が、「表彰的意味合い」もあって運用されてたのが、プライパシー侵害として廃止になった。多子表彰も同じでは?

逆に言えば、春と秋の褒賞、あれ新聞にデカデカと氏名が公表されてる訳で、プライパシーという概念そのものが欠如した制度設計なんだな

戦時中とかナチとかソ連とか多子表彰してたのだが、その頃の母親は「表彰が本音でうれしかった」のかどうか、判らない/が、「世間的には、表彰を『有り難い』と嬉しがらなきゃ、ならなかった」だろう

なので、山東氏の「多子表彰の発案」の裏側には「国が与える表彰は、国民は全て、有り難がるようにマインドリセットしてくれ」という本音が隠れてるのだろう/表彰を有り難がる国民性なら、政府は容易に表彰をニンジンにして政策遂行できる

単に「投入コストに対する、出生数向上のパフォーマンス」で見れば、「公営お見合いセンター設立」が最強の少子化対策なんだけどな。「結婚しない子供いない」理由の半分が「出逢いが無い」だから

確かに「既に2人出産している家庭で、経済的理由から3人目を躊躇してる世帯」には、経済的支援のニンジンは効くだろうな。少なくとも、「不妊世帯に対する支援金」よりは、出生数の確実な増加が見込める(不妊世帯支援は、カネで効果が見込めない)

だが、政治的には「不妊世帯の幸福追求権」は「2子世帯を3子世帯にする」ことより、優先されるんだろうな

ただ、「多子表彰」制度批判に「4人出産した後にコンクリ詰め」事件を取上げて、「こういう母親にも支援金ですか?」と批判するのは筋悪だと思う。そういう1年に1回あるかどうかの極端な事案を使って全体を批判するのは、行過ぎ

民間の篤志家による「奨学金財団」がある。成績優秀な学生に奨学金支援/それと同じノリで、「多子世帯にミルク代を支援」する、民間篤志家による「子育て支援財団」なんか、出来ないのか?経団連のジイサン達がポケットマネーで出資する

政府が「多子世帯支援」をやると「産めよ殖やせよ政策だ!」と余計な批判を浴びるのだから、「民間」が多子世帯支援政策を「肩代わり」すれば、いい