リスクに対する行政の対応のあり方

【このエントリは永久保存します】
私の知人の某省庁キャリア官僚が、課長補佐研修で次のような内容を
発表するのですが、第三者の目から見た指摘点をピックアップして欲しいとのことです。

はてなの方々、ご協力下さい。

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いきなり済みません。ある公的機関の横断的な課長補佐クラス(30歳代)の討論資料
の作成指示があり、次の課題について作成しましたが、法学部卒なもので、理系の方
から見て、アドバイス等頂ければと思い掲示いたしました。
なお、同研修には、理系の方も制服組の方も参加されますので、恥をかきたくないので。

テーマ:リスクに対する行政の対応のあり方(BSE、O−157、ハンセン病等を踏まえ)

1 行政の対応すべき危険

 全ての危険をゼロにすべきというゼロリスク論が、抽象論としては根強いが、具体論になると、支持されているとは言いにくい。

 日本での原因別死亡者数(15年中 出典:警察庁HP他)
・自殺   34,427人
・交通事故 7,702人
・水難    827人
・山岳遭難  230人
ハンセン病  10人前後(完全な把握はなされていない模様。なお同病は、
             治癒可能であり、これは発症者数)
回転ドア   <1人
BSE     <0.01人
 英国等でのBSE800頭にクロイツフェルト・ヤコブ病1人という数値を日本(発生数8頭)に当てはめた場合(あくまで一試算)

 危険度合いでは、BSEよりも登山が危険。それでは登山を禁止すべきか。
 禁止しないということは、登山のリスクは何故許容されるのか。
 ハンセン病も感染の危険性はゼロではない(ただし感染機会は概ね海外。)。
 交通事故死亡者発生防止については、そのためのコストを考慮する必要あり。
 また、発生率は極めて低いが、実際に事故が発生すれば、多数の犠牲者が見込まれるものの危険性はどう考えるか。
 行政が対応すべき危険はどの程度かについて明確な基準はない。
 フグも危険部位をとれば日本人は平気で食べている(米国農務省担当者)

2 危険性の程度が不明確な場合の対応

(参考)ある全国紙の論調の変化
BSEのヒトへの感染が疑われる前:
 家畜伝染病を対象とする検疫は非合理な輸入障壁
BSEの日本での発生後:
 全頭検査は当然。鶏、豚の伝染性海綿状脳症の危険性にも対応すべき
米国でのBSE発生後:
 全頭検査はパニック的なものであり、科学的に非合理

 科学者の間でも意見が分かれることがある。
例1 BSEがヒトに感染する危険性(これを否定する研究報告もある。)
例2 環境ホルモンによる影響(精子数の減少)
 減少したという研究結果はマスコミに載りやすいが、それを否定する研究も多く、現状では、減少を肯定できないとされた(平成10年厚生省研究班)。

 信頼できる科学的見解とは何か。
「学会で報告された研究」の意義:報告内容のチェックのない学会も多い。
したがって、「学会で報告された」だけでは、その分野の科学者の賛同が得られているとは言えない。
 極端な例:物理学会での空飛ぶ円盤の作り方の報告
「大学の紀要に掲載された研究」の意義:これも同様との指摘あり。

 科学者の間でも不明確な場合は、民主主義のルールつまり国会で対応を講ずるかどうかを決定するのが適当という意見がある。
 しかし、らい予防法国家賠償訴訟においては、らい予防法が昭和35年以降違憲となったにもかかわらず、廃止されなかったことについて、国会だけでなく厚生省の責任も認められた。.これは、国民の判断を行政府は否定できるということか。
 類例 無差別大量殺人を起こした団体(の構成員)への措置

予防原則「危険性が不明確な場合は、危険があるものとして対応する。」
 危険を避けるという点では、優れているが、実際の適用は困難あり。
 例1 水俣病は一時伝染病説があったが、水俣病患者を隔離すべきだったか。
 例2 人工加工食品について予防原則を主張して、安全性が確保されるまで   使用規制を主張する意見もあるが、自然食品にも有毒物がある。

 WTO協定と「衛生植物検疫措置の適用に関する協定」(SPS協定)においては、国際貿易において検疫・衛生措置が、不当な障害・偽装された制限となることを防ぐため、動物および畜産物の貿易にあっては、1)科学的原理に基づいた検疫措置の適用、2)原則として国際基準に基づいた検疫措置の実施と措置の調和の促進 等を推進することが求められている。
 それでは、牛肉の輸入条件として、全頭検査、トレーサビリティーを求めることは可能か。

3 原因が不明確な場合の対応

 堺市での平成8年のO‐157食中毒患者
 平成8年7月12日夜半より堺市の学童の間に下痢、血便等を主症状とする多数の有症者が発生したと報告
 厚生省病原性大腸菌O−157対策本部は、8月7日に公表した中間報告において、特定の生産施設の貝割れ大根について、「原因食材としての可能性も否定できないと思料される」とした。
 さらに、9月26日の報告で、堺市学童集団下痢症の原因食材としては、特定の生産施設から7月7日、8日及び9日に出荷された貝割れ大根が最も可能性が高いと考えられる。とした。
 同報告では、「堺市の学童集団下痢症の原因究明の結果からは、特定の生産施設から特定の日に出荷された貝割れ大根が原因食材として最も可能性が高いとしたものであり、特定の日以外に出荷されたもの及び他の生産施設から出荷されたものについて、安全性に問題があると指摘したものではない。
 現在、農林水産省において、貝割れ大根の生産施設について衛生管理の徹底の指導がされていることから、貝割れ大根の安全性は十分に確保されているものと考える。」としたが、貝割れ大根の消費が減少した。
 これに対し、当該生産施設(農園)から、名誉毀損等で、国家賠償請求訴訟が提起され、最高裁はその請求を認めた。
 判決理由は複雑であるが、それでは、原因公表はどう行うべきか。
 また、公表する場合、無関係で責任もない生産者の被る事実上の損失をどうするべきか。現行制度上、この損失を賠償、補償するものはない。
 なお、違法な権力の行使による損害賠償が「賠償」で、適法な権力の行使による損害の補償が「損失補償」である(例 土地収用)。

4 リスク回避のための行政の取る措置

 自然災害等を行政は補償せずという原則がある。これは明文で規定されたものではないが、これを前提に立法等はなされている。
 これに対し、兵庫県南部地震等において、地震による家屋の損害を、行政が補償すべきという意見があった。
 それへ批判:
 落雷による1戸だけの火災は補償していない。
 災害で倒れた家屋を行政が補償すると、災害常襲地帯に家屋が多数立てられる。
 なお、犯罪による被害は補償されず、疾病・負傷による医療費は原則として自己負担である。
 この原則の中で、私人被害回避の方策については、現行制度としては次のものがある。
・「人の生命又は身体を害する犯罪行為により、不慮の死を遂げた者の遺族又は重傷病を負い若しくは障害が残つた者」について「犯罪被害者等給付金の支給等に関する法律」による犯罪被害者等給付金の給付
自賠責保険制度による交通事故被害者の救済

 なお、下関駅通り魔事件(平成11年年9月29日)では、コンコースで犯人の自動車ではねられて死亡した者と、ホームで刺され死亡した者がいたが、自動車ではねられた者は自賠責保険が適用されるが、ホームで刺された者は、通り魔事件などに適用される「犯罪被害者給付金」とで、給付額に差が生じる。

・強制保険:医療費についての公的医療保険、農業災害についての農業共済
      (年金)
・任意保険:火災保険、地震保険(国が再保険)等

 では、任意保険に加入しなかった者について、行政の責任はないか。
 強制加入の国民年金(老齢年金だけでなく傷害年金もある。)は、かつて大学生は任意加入だったが、大学生で無加入のときに障害者となり、無年金障害者となった者から、国への賠償請求訴訟が提起され請求が認められた。
 強制保険制度の制定義務?

(討議ポイント)
1 どの程度のリスクに行政は対応すべきか(極小リスクがマスコミ、国会で大きく取り上げられた場合どうするか)
2 科学的に未解明な場合どうすべきか(予防原則の適否)
3 リスク回避で私人に負担が生じる場合どうすべきか(カイワレ大根他)
4 自然災害等を行政は補償せずという原則とその中での私人被害回避の方策は何か

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http://www.hatena.ne.jp/1105147853
にも質問しておきました。