リアル鬼ごっこを哂うものを哂う

ひょんなことから「リアル鬼ごっこ」という自費出版モノが「悪い意味」で
話題になっていることを知った。
あまりにも悪い評判過ぎて、映画になるそうだ。

批判者の意見は大別して2つ。

1.日本語の体をなしていない、主語と述語が合わない、表現が稚拙
  「この自費出版が売れていること自体、日本の将来が心配になる」
  とまで書かれている。

2.設定が非現実的
  「西暦3000年、独裁王権国家において、ヒマな「佐藤」姓の国王が
   「他の佐藤姓を1週間鬼ごっこして、殺す」という暴虐を行う。

  この設定について、
  「西暦3000年なのに新幹線とか「2000年チック」」
  「王が姓を持たないのは社会学的常識」とか
  「そもそも絶対王政の復活がおかしい」という批判

http://d.hatena.ne.jp/whiteowl/20060120

1.の批判は「そもそも作者は従来マトモな読書をしていなかった本嫌い」であり、
批判は、まああたっている。

しかし、どうみても「2.」は筋違いである。

そもそもSFとかは、「非現実」「非常理」を前提として、
それを楽しむのである。
それを「西暦3000年だと新幹線より優れた交通手段があるハズだ」
などというのは「揚げ足取り」に過ぎない。

作者が「西暦3000年」に舞台設定したのは、
「佐藤姓を瞬時に見分ける佐藤ゴーグル」を兵士側が装着するためのようだが、
その設定にイチャモン付けるというのは、SFの読み手として、少し余裕が
なさ過ぎる。

しかし、もっと気になるのは

>例えば西暦31世紀の話にも関わらず明示的な意味での社会的変容は一切なく、
>むしろ退歩的とも思える絶対王権をシステムとしている点、

>常識的に考えれば、500万人の人間を100万人の人間で捕らえるとなったとしても
>一週間でどうこうというよりも、普通は革命が起こるわけですよ。
>内戦に突入してもおかしくないだけの状況なのに、一方的に狩られるだけなど
>そもそもありえないわけで・・・。

つまり、「2.」の批判者は、その前提として、
「文明が進めば、絶対王政は根絶され、世界はより民主的になるハズである」
という進歩史観が存在していて、「それ以外の考えはドキュン」な訳である。

この進歩史観がいかに非現実的か、は、今の北朝鮮サウジアラビア、そして
ロシアを見れば明白である。
将来、サウジ王家のオイルマネーのよる世界一極支配が起こらない、と
誰が断言できるだろうか?
(くろだ様指摘のように、イスラム教強制改宗はできなくても、実質支配はできるわけです)

「佐藤姓を狩る、という不条理はナンセンス」という批判もあたらない。
「姓名判断」という不条理なシステムが、現に商業的に成り立っている。
因みに「村山」姓は「天運×」で、「どうあがいても不運な姓」らしい。

リアル鬼ごっこ」は、その文章の稚拙さは兎も角、進歩史観ドグマに洗脳された
我々の頭を冷やすいい題材でないだろうか?