★松岡:総裁就任後、満州の重工業化を推進
石油開発や発電など
・・・軍にとって目障り
→軍は鮎川と組んで反撃
★松岡の重工業路線・・・金がない
増資も社債発行も困難
★三井銀行などのシ団が満州視察
→「満州経済悲観論」
・日本の移民が増えない
・建設財中心の経済、建設投資が一巡すれば経済も鉄道も駄目になる
・たいした原料が取れない
★関東軍:伝統的財閥でなく、新興企業家に声掛け
「満州に財閥入れず」:皇道思想も反映
「財閥は意思決定に時間が掛かる」「軍の影響力を維持したい」
★6名の企業家に声掛け、うち1人が鮎川。
★鮎川と大蔵省
アメリカ資本で満州を重工業化する構想
大蔵省のホンネ
「満州の陸軍による私物化を阻止」
★「満州重工業」
松岡抜きで閣議決定
★日産:フォードと提携していた
→満州進出にフォードに協力要請→拒否される
★鮎川:大豆を餌に、ドイツに協力依頼
→「大豆なんかイラナイ」とヒトラー一蹴
★鮎川「日産を解散して満州重工業にする」と大見得
→大見得をいかに「うまく収めるか?」
★池田勇人、当時は東京税務監督部長
池田が「満鉄付属地で法人登記すればいい」と鮎川に入れ知恵
満州重工業は二重配当を免れ、さらに政府が配当保証
→日産株が急上昇
当時の新聞の表現は「株価猛騰」状態
★「二キ三スケ」誰が言った?
星野直樹、東条英機、松岡洋右、岸信介、鮎川義介
★結局資金難の満鉄は、重工分野を満州重工業へ譲渡
→多くの社員も満州重工(通称「満業」)へ移籍
★上海:どちらかと言えば海軍の縄張り
関東軍に親しい人物が満鉄上海事務所長になるのに反対
★満鉄上海事務所の目的のひとつ:中共の調査
日共元指導者の佐野学が転向して協力
★里美機関:アヘン密売益が資金源
★関東軍:里美マネーでビルマから雲南省への鉄道を建設しようとする
(重慶の背後を衝く)
★中西功:実は中共のダブルスパイ
★上海でユダヤ居住地作る計画(犬塚機関)
鮎川の腹心がユダヤと交渉
→日独伊防共協定でご破算に