推理小説は壮大なファンタジー。リアル犯罪は違う

12月30日
西村京太郎は、本当はそろそろトラベルミステリーを止めて時代小説を書きたいらしいが、出版社側が出させてくれないらしい。コナンドイルかよ

西村京太郎作品で、よく犯人が「捜査一課の十津川君へ」とメッセージ出したりするが、犯罪者と言えども一介の捜査員の名前を知ってるものなのか?捜査一課長の名前も、果たして公表されてるか怪しいのだが

犯罪者が警察の捜査員に名前入りでメッセージを出すとしても、その宛先は県警本部長だろう。かい人21面相は「大さか婦警(本部長)のしかた」と「兵ご犬警(本部長)のよしの」、ついでに警さつちょう(長官)のすずき」にメッセージ送ってた

そもそも、私立探偵って、ミステリー小説だと殺人事件を推理解決してるが、リアルの探偵は殆ど浮気調査とかしかしてないだろ?

そう考えると、推理小説というのは壮大なファンタジーなんだな。実際にはそんな私立探偵も十津川警部もいない/そもそも、推理小説みたいな「ややこしい事件」は、リアルには殆ど発生しない

推理小説のような事件」というのは、実際には殆ど発生してない/「推理小説を越えた事件」というのは、非常にレアだが、ゼロじゃない。グリコ森永とか。あんな事件は、推理小説家ですら思い付けなかった

リアルな殺人事件では、下手に密室トリックとか時刻表トリックとかにアタマを悩ませるより、「屍体を処分するのが、捕まらない近道」らしい。屍体がなければ、単なる失踪として事件性も無くなってしまい、そもそも警察が動かない

限界集落をはじめとして「空家」が急増してるが、リアルな殺人事件の犯人から見たら「有り難い」だろうな。屍体をどっかの廃屋空家に突っ込んでおけば、まず殺人として発覚せず、単なる失踪、家出人探しに留まってくれる