【8/10⇒9/4 第四山手論など】

8月15日
★西武沿線は遊園地の生存率が高い。一方東急小田急沿線のハイソなエリアは遊園地の生存率が低い。この差を原武史氏に分析して欲しい
★「第4山の手論」の三浦展の本を読んでる。「第5山の手が登場するか?」の問いかけがある。自分が敢えて書こう。「第5山の手はタワーマンションにある」
原武史三浦展も、彼らなりの「疲弊した郊外再編の処方箋」を提示してるが、どうにもリアリティーに欠ける。地に足付いた郊外再編は、実は野村オハナなんじゃないか?
三浦展の「疲弊した郊外の活性化案」について、はてな住民は「そもそも時代はコンパクトシティ」と冷笑して取り合わない。だが、郊外にも住み続けたい、と言う一定層がいるのも事実
★「コンパクトシティ」の概念は、マイカー交通圏である名古屋圏以下の地方都市には有効だが、電車交通圏である東京大阪圏にはあまり意味はない。
はてな住民は「何も所沢市や町田市のバス便戸建に住まず、23区内に住め」と東京通勤圏自体の圧縮化をイメージしてる。
三浦展所沢市や町田市のバス便戸建をシェアハウス化して再活性しろ、と言う。原武史は町田市等の団地を活性化しろと言う。はてな住民は23区に来い、と言う。どれも違う。駅徒歩圏にオハナ型マンション作るのが一番の再活性化では?
三浦展が郊外論を始めた契機は、新所沢でパルコを始めるべきか否かをジャッジするためだったらしい。/恐らくオハナの事業化の際には、パルコ社内で三浦や増田が議論したような郊外研究がなされたと思う。それが外部公開されないのは「惜しい」
★アマゾン書評では、三浦展の著作について「思い込み激しい」「学問的じゃない」と批判が多い。だが、国勢調査や独自アンケートなどのデータで組み立てていく論法は評価すべき
★男性大卒者が多いのは横浜市青葉区で、女性大卒者が多いのは武蔵野市らしい。「理知的な高学歴女性と結婚した」ファミリーは武蔵野に住みたがり、「可愛い短大卒女性と結婚した」ファミリーは青葉区に住みたがる。判る気がする
8月16日
原武史三浦展の分析で「田都ラインはアメリカ的カーライフ、資本主義的住宅思想が強い」とあるが、その大きな要因が「東名高速の併走」にあると思う。田都と併走して早くから高速道が整備されたから、マイカー文化が定着した。
原武史が「滝山団地はマイカー文化が少なかった」と書いてるが、それも当然だ。あの辺り、中央道からも関越道からも遠い。また中央線エリアが「電車文化圏」なのは、中央線も高速道からチト遠いことが影響してる。
★ふと思ったが、田都にはイヌが良く似合う。それも大型犬。田都を牙城にする東急リバブルがイヌをマスコットに使うのは、それなりに理由がある/中央線は猫のイメージ
三浦展によれば、1980頃の地価で見たら、国分寺〜所沢エリア、堤資本発祥エリアの地価は、立川方面や田都よりも高かったらしい。ライオンズ誘致効果もあったようだ/30年の間にこのエリアは停滞して立川や田都は急上昇。どうしてこうなった?
★やはり、西武鉄道(コクド)とセゾンが分裂して、セゾンが渋谷シフトしたダメージが大きい。西武鉄道とセゾンが分裂せず、沿線に経営資源を集中させていたら、西武沿線は東急沿線並みになってたかも
三浦展によれば、第三山手は大商店街が多い。武蔵小山、高円寺など/奇しくも、ダイエーが首都圏進出した際の「レインボー作戦」に一致。環7沿に進出した故事だが、中内氏は、無意識のうちに第三山手の人口集積と購買力の高さに気付いてた?
★イオンは第三山手を攻めずに、16号エリアを攻めた。第四山手と言いたいが、お世辞にも山手とは言いがたいエリアも。
★原重松対談で「70年代の少年SFの舞台は団地やニュータウンが多かった」とあった。当時は団地は最先端社会だった為、SFの舞台に相応しかった、と。SF作家自身が団地住まいだったりした。
★少女マンガだが「ぼくの地球を守って」と言うSFマンガがあるが、その舞台は高層マンションだった。なるほど、そういう背景があるんだな。
8月17日
三浦展の本で、「東大教授や一部上場企業役員がどのエリアに住んでるか、以前は分析出来たが、個人情報保護法で今じゃ出来なくなった」という嘆きがあった。個人情報保護法社会学を殺す
★手元に某高校の卒業名簿があるが、これを題材にして卒業生である自分が、「某高校卒業生の居住地分布」というレポートを出すのは、個人情報保護法に抵触しない?
★先日「滝山団地は高速道路から遠く、東急田都は高速道路に近い」とツイートしたが、よく考えたら千里ニュータウンは「高速道路に近い団地」だった
原武史氏が「滝山団地がある東久留米、小平付近は起伏が少なく、自転車が便利」と記載してた。野村オハナは「駅徒歩圏で、かつ駅から起伏がないところ」を供給対象にしてる。つまり、原武史氏が言う西武団地エリアは、そっくりそのままオハナ適地になる
原武史氏は、西武沿線から東急沿線に引っ越し、だが慶応から早稲田大学に進学したことで、「東急文化と西武文化」「慶応文化と早稲田文化」の比較がライフワークになった/自分は南茨木という「関西なのに標準語が当たり前」な街に育った為に、東京大阪比較がライフワークになった
★あと島本町という「大阪でも京都でもない」街に育ったり、阪神間の学校に通ったりで、京阪神のイロハは学んだ
★@haratetchan 「団地の時代」「滝山コミューン」読みました。堤家が西武幹線のエリア開発に不熱心だったのは、そもそも池袋線新宿線も、堤財閥から見たら「外様」だったからでは?堤財閥にとっての「保守本流」は西武多摩湖線。戦前の武蔵野鉄道東武に近かった
★「市街化」の観点から考えたら、現池袋線や現新宿線が出来るより先に、現国分寺線である国分寺本川越が開業してるのだから、ひばりヶ丘とか花小金井とかより、所沢とか東村山の方が「成熟」していても、不思議じゃない・・
★東急沿線を語る際に軍需工場は考える必要ないが、西武沿線を語る際には、中島飛行機とか立飛企業とかの軍需工場や陸軍の影響を無視出来ないと思う
★何故西武エリアにハンセン隔離施設などが多数立地したのか、時間があったら調べてみたい。あの施設群が、北多摩エリアに陰影を与えてる
★@kabujirou 冗談抜きで、吉祥寺〜田無〜ひばりヶ丘の新線を建設して(単線でもいい)、井の頭線と相互直通すべき。準環状線になるから、それなりに需要ある。
★よく考えたら、原武史氏の「北多摩エリアは平坦地多い」と言う記述が、「北多摩エリアに軍需工場や軍用飛行場が多い」理由になってることに気付いた。平坦地だから造成不要で、スグに軍需工場を作れる
★北多摩エリアは平坦だから、バス網があそこまで複雑なんだな。東急丘陵みたく起伏ある土地だと、バスルートが集約されちゃう/西武線乗ると「駅間をショートカットする、西武バスの速見表」なんてのがある。本数頻度に合わせて線を太くするなど、見易い。バス網覚えて、初めて一人前の西武民
★@kabujirou 今気付いたが、西武平野の東半分(概ね区部)が関東バスエリアで、西半分(概ね北多摩)が西武バスエリア。これは「堤財閥直系が多摩湖線エリア」なのが影響したのでは?お膝元の多摩湖線エリアから西武バス網を拡充させていった
★@kabujirou しかし西武バスがエリア拡大を図ろうとした時点で、既に関東バスが区部でエリア固めてた、と言う感じ。そもそも大手私鉄傍系じゃないバス会社は東京じゃ珍しい/もとい、国際興業バスがあった
★堤財閥直系エリア(国分寺〜所沢)が「本来の西武幹線エリア」より成熟してる点を更に発見。直系エリアの方が大学が集中してる。
8月18日
★@kabujirou あれは小田急傍系の帝都電鉄(現井の頭線)の影響じゃないの?
★よく考えたら、中央線多摩湖線国分寺線が集中して、大学も多い国分寺って、やりようによっては吉祥寺や立川程度に商業が発達できた可能性があったんだなあ/どうしてここまで国分寺は停滞した?
★@kabujirou 大型バスじゃなく中型バスですが、今でも新宿で見かけます。新宿に買い物した帰りとかに便利
★逆に武蔵野市は、一見菅直人が強そうに見えて、実は土屋氏が強かったりする
8月27日
★東急田都沿線文化が「つまらない、息苦しい」理由がわかった。ライフスタイルが「豊かではあるが、画一的」なんだな。みな一流企業エリートに専業主婦、子供は受験にいそしむ。共働きもニート不妊カップルも非行少年も童貞単身も、東急田都沿線には「居場所」が見つけられない
★中央線は金持ちもビンボー人も、子持ちも子供嫌いも不妊カップルも、オタクもロハスも筋肉マッチョも、ジェンダー主義者もネトウヨオウム真理教も受け入れる「懐の深さ」がある。だから息が詰まらない
★平たく言えば、東急田都にはライフスタイルの多様性、ダイバーシティに欠ける/デベで見たらすごいのは野村。プラウドとオハナという複数のライフスタイルを提示している
★一時つくばで研究者自殺が相次いだのは、街の、ライフスタイルの多様性が欠けていたから/湾岸タワマンや武蔵小杉が、ライフスタイルの多様性を獲得できるか?
★芦屋や西宮も金持ちエリアだが、東急田都みたいな「ライフスタイルの画一性」を感じないのは何故だろう?仮説1.東急田都はサラリーマン重役ばかりで高学歴だらけ。芦屋西宮は創業者一族も多く、学歴多彩。
★仮説2.芦屋西宮だと、何か失敗しても「東京に行けばいい」と割りきれる。逃げ場がある。一方、東急田都だと、失敗したら逃げ場がない。関西でやり直せばいいのに、東京一極集中による視野狭窄で、関西へ逃げる発想そのものを思いつかない
★「都市とは、価値観の多様性が認められる場である」と言う定義からしたら、東急田都沿線は「偉大なるイナカ」である
8月28日
★東急田都沿線って、「商店街」が少ない。マニュアル運営のチェーン店だらけ。だからオーナー店主による街造りも少ない。まさに三浦展が言う「ファスト風土
三浦展はバブル期に第四山手住民を「WASP」に喩えた。W=ホワイトカラー、A=アメリカナイズ、S=サバーバン、P=プライベート主義/第四山手住民WASP論の本質は「保守的で価値観が単一的」ということでは?
★たとえば同性愛カップルは、アメリカ西海岸の自由な雰囲気なら許されるが、東海岸WASP社会だと偏見の目で見られる。同様に、同性愛カップルは中央線エリアなら許されるが、東急田都沿線だと偏見の目にさらされる
★今思えば、東急田都が沿線を高級戸建で固めたのは「失敗」だったのでは?アパートとか小商店街とか小事業所とかも織り交ぜるべきだった
★もっとも、東急側や住民の言い分もわかる。「高級戸建以外を排除した街造りに徹した、将来にわたり高級戸建が保たれるから、資産価値が維持されリセールバリューが維持される、ブランド価値が保たれる」
★しかし、今後の地価形成理論は、本当に「高級戸建オンリーの街を高く評価し続ける」のか?中央線エリアみたく「街の多様性、ライフスタイルの多様性が楽しめる街こそ、資産価値が高い」とパラダイムチェンジした場合、東急田都は「梯子を外される」のでは?
★既にその予兆は出ている。三浦展のアンケート調査では、東急田都に住みたがるのは団塊世代に多い。価値観が多様化した団塊ジュニア世代は、東急田都をあまり評価してない