戦国時代の人口は今の10%しかなかった

戦国時代の人口って、今の人口の10分の1程度なんだな/単純計算では、戦国時代小説を読む場合に、「このエリアの人口は、今の10分の1」と思いながら計算すればいいことになる。武田信玄の小説なら、舞台の甲斐の国は、たぶん今(80万人)の10分の1の8万人だろう、と。

ただ、現代の人口は著しく首都圏に偏っているから、その辺補正する必要がある。昔の山梨県の人口は、簡易計算の約2倍の16万人程度だったのではないか?各エリアで簡易計算の2倍の人口がいることに。(つまり今の人口の5分の1が戦国時代の人口)

そうやって脳内で「当時の想定人口」を計算しながら戦国小説を読むと、趣深い。武田信玄などは、推定人口16万人の甲斐の国だから、その中で1%を家来にしていたとして、1,600人か。今なら一部上場企業の下位クラスの組織だな、てな感じ。

そう考えると、推定人口1,200万人程度の戦国時代で、10万人が会戦したという「関ヶ原」って、よく考えるとトンデモナイ話な訳です。当時の日本の人口の1%近くが参加

戦国当時の日本の人口密度は、現代の北海道の人口密度より少ないんだな・・・