★浅草12階(今は焼肉屋になっている)・・・日本初のエレベーター
故障多く警察が使用停止命令
★8階で折れた浅草12階
⇒爆破 寺田寅彦が目撃
★日本最初の水族館:浅草
後に2階に見世物小屋出来る
エノケンのホームグラウンドに
★井上馨:政府高官子女に西洋舞踏特訓を命じる
★伊藤博文:仮面舞踏会主催:世間から淫靡と批判受ける
★鹿鳴館舞踏会のウラの目的:外国外交官にハニートラップを仕掛けたかった
★鹿鳴館:純欧風建築でなく、イスラムやインドの模様取り入れられた。
★「鹿鳴館」の名付け親:中井弘京都府知事
井上馨に妻を寝取られた男
★この中井の妻(その後井上の妻になる)が欧風マナーピカイチ。
井上に欧化を勧める
★中井弘:京都で「都おどり」始める
★鹿鳴館の目の前に連兵場
・・・列強に西洋式軍隊を見せ付ける思惑
★鹿鳴館:ホテルの役割もあったが、手狭
⇒帝国ホテルを別に建てる
鹿鳴館は華族会館に
★鹿鳴館:紀元2600年、「老朽化」理由に取り壊し
★銀座の不燃化:わずか3日で都市計画決定
★当初の銀座レンガ建物:雨漏りとカビばかり(日本にあったレンガ造りになっていない)
★洋風店が銀座に集結
・セイコー時計 ・千疋屋フルーツパーラー ・カフェライオン ・木村屋パン
★明治の銀座:マスコミが集結
朝野新聞、東京曙新聞、東京日日新聞(⇒毎日新聞)
★築地が魚河岸になったのは1935以降と新しい
それ以前は外国人居留地
★築地の対外国人ホテル:明治5年の耐火で焼失
精養軒は築地のホテル業がルーツ
★外人商人にとっては、商港がある横浜に住んだ方がメリット大
築地には都内外交官しか住まなかった。
築地は外人に不人気
★日本最初の電信:築地居留地〜横浜間
★明治32年の「新条約」:外人は日本の裁判権に服すべし
その代わり日本のどこに住んでもいい
⇒築地に限定居住義務なくなる
★ミッション学校のルーツは築地明石町が多い
明治学院、青山学院、立教など
★築地の宣教師:押捺の習慣見て「人の指紋が一つ一つ違う」ことに気付き、
科学紙ネーチャーに発表
★白木屋:日本初のショーウインドウ
★昔の商店:座売り⇒白木屋は陳列式
西洋式デパートとしては白木屋が三越よりはるかに進んでいた
★白木屋:回転ドアも導入
★白木屋:労務管理も先進的 タイムカード導入
★白木屋:少女音楽隊がいた
(三越の少年音楽隊に対抗)
⇒白木屋の音楽隊を真似て小林一三が宝塚始める
★白木屋:体重計を店内に設置
(体重計がまだ世間に普及していなかった時代)
★一方で商品の中身などは徐々に三越に抜かれる
決定打がコピーの失敗「最も買いよき店」
★白木屋:東京最初のネオン付ける
(日本初は大阪白木屋:役人が火災恐れ撤去命令)
★関東大震災で焼ける⇒昭和6年に再建⇒昭和7年に有名な大火
消防だけでは間に合わず、当時最新の陸軍飛行機出動
★屋上にライオン等のミニ動物園があった
★死者は全て店舗関係者(買い物客の死亡なし)
★日本初のビル火災:高層防災の研究が進む
★セルロイド引火が原因:セルロイド玩具が嫌われるようになる
★最大の効果:女性が下着を履くようになった
★石川島監獄:池袋村の「誘致運動」で池袋移転
★当時の「東京三大建築」
?日銀 ?小石川砲兵工廠 ?巣鴨監獄
★巣鴨監獄:外国人の東国もありうる
不平等条約改正のために、近代的監獄が必要だった
★巣鴨監獄:大震災で一部破壊
⇒既決囚は府中に移転、巣鴨には未決囚のみ収監
★昭和46年に未決囚も小菅に移転
★東池袋中央公園:碑文の文言をどうするか、大問題に
結局「永久平和を願って」という当たり障りない文言に
(下手な碑文だと右翼や左翼が騒ぐ)
★米軍:日本占領を予測して、占領時に「役立ちそう」な都内の堅固建築物は、あえて爆撃から外す
丸の内や内幸町など
★松屋銀座:米軍購買部へ
ニュートーキョー:米兵ビアホールに
帝国ホテル:将校宿舎
東京宝塚劇場:「アーニーパイル劇場」(米兵娯楽劇場)に
★第一生命:むしろ積極的に総本部に差出し
(戦闘部隊に使われたら手荒に使われる、本部なら紳士だろう、との思惑)
★GHQ:放射路にAストリート、Bストリート、・・・Zストリートと改名
環状路を1ストリート、2ストリート・・・と改名
京浜国道=Aストリート
晴海通り=Zストリート
今の環状7号=50ストリート
★新宿コメディの殿堂「ムーランルージュ」斉藤茂吉、川端康成、志賀直哉が入り浸る
★新宿:関東大震災で東京の人口が西進するとともに発展。「山の手銀座」
★ムーランルージュ:当初は不振
団員を街に散りばめて「ムーランは面白い」と口コミサクラ作戦
★ムーランの脚本家にサトウハチロー
★役者がセリフ覚えきらないうちに初日強行
⇒初日は無茶苦茶
「無茶苦茶なのがいい」とわざわざ初日に来る客も
★戦後のムーランルージュ:森繁久彌、由利徹
しかし隣にストリップ劇場できて客奪われ、閉店
★浅草12階と同じ設計者が淀橋浄水場を設計
★淀橋浄水場:渋沢栄一も巻き込んだ大疑獄「水道鉄管事件」の舞台に
★淀橋浄水場:入水自殺の名所に
★戦後の淀橋:アベックの密会場に
★狸穴に日本経緯度原点:東京天文台の名残
★天文台移転:理想は台湾の新高山、ダメでも赤城山に
でも実際は三鷹
教授たちが「子供の教育に差し障り」として赤城移転に反対
★小石川養生所:青木昆陽がサツマイモ研究
★ニンジンも研究
当時高麗ニンジンを輸入していて銀が流出
銀流出阻止のため、ニンジンを国産化したかった
★谷中の五重の塔:昭和32年に心中で放火
★江戸時代:バテレンを悪の組織とする娯楽小説が相次ぐ
バテレンに「フリーメイソン」のような、ナゾの悪の組織のような陰謀イメージが付く
★維新後も「電信はバテレンの妖術」として電信妨害
★東大前「菊富士ホテル」:一種の高級下宿
★菊富士ホテルの「鬼」
谷崎、大杉栄、直木三十五、竹久夢ニ、三木清、中村雀右衛門、高柳健次郎(テレビの父)、
宮本百合子、宇野千代、張学良
★常に公安が張り込むが、ホテル側は動じない
スリの達人を従業員に雇う
★宿泊客:まともにカネを払わない人多数
主人が金融ブローカーしていたので、その収益で赤字補填
★菊富士ホテル:空襲で焼失
その息子がGHQ向けラブホテルで成功⇒石亭グループへ
★田端:芸大に近い⇒芸術家の住まいに
★田端文士村:鹿島建設のボンボンがパトロン
★文士村の中心、芥川の自殺
⇒文士たち、自然解散
★豊島線(目白〜田端)⇒目白住民が分岐反対
仕方なく池袋で分岐
★関東大震災後、池袋が宅地化
★谷端川のほとりが池袋モンパルナス
★芸大生:家賃踏み倒し少ない
もともと裕福な子弟多い
しかも後輩を紹介して入れるので空室にならない
⇒アトリエハウスに(モンパルナス)
★吉原:東京の7割のソープが集中
★明治5年の娼妓解放令:欧米へのアピール、タテマエ
「奴隷ではない」
実際は娼妓の自由意志で売春、との解釈で運営継続
★新日本女性のGHQ慰安⇒性病流行
★玉の井:私娼街
東陽一丁目:吉原に次ぐ赤線「州崎」
根津遊郭が「帝大生を惑わす」として移転